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佐々木昭一郎のドラマと「少女A子」

1970年代から80年代にかけて、ドラマとも、「映像詩」とも称された、NHKディレクター佐々木昭一郎氏の優れた作品群、いまでもよく覚えている。
いつの間にか、NHKから姿が消えてしまったが、今朝、偶然テレビ画面で見かけ、最近またドラマを手がけはじめているという話(インタビューの最後にちょこっと耳にしただけだが)をしていた。

その直前に放映していたらしいドラマ「さすらい」は見損なったが、今月3日から連日、佐々木作品を放映しているらしかったのに、最近、NHKから遠ざかっていたために、気づかないで居た。
まだいくつか残っているので、見るつもりである。

下記のうち、最後に放映される「川の流れはバイオリンの音」という作品は、主人公の少女「A子」を演じた人が、それと知らず、都心のカルチャーセンターの歌曲講座で一緒だったという縁があった。
物静かで、人とはあまり余計な付き合いのしない人で、はじめは知らなかったが、ある時、その出演作品が再放送されると言うことで、はじめてみんなに「是非見てください」と教えてくれたのだった。
出演からすでに10年以上経ち、ドラマの少女とは、すこしイメージが違っていたため、言われなければわからなかった。
すでに、テレビなどの世界とは関係ない人生を送っていたように思うえた。
再放送時の佐々木氏が、彼女について、「眼から光が出ていてびっくりした」旨のコメントをしていたことを覚えている。
それからもすでに長い時間が経っている。
当時歌曲講師だった元オペラ歌手の先生、教室の人たち、そして彼女「A子」は、今頃どこでどうしているだろう。

◇佐々木昭一郎ドラマの放送予定◇(深夜の時間帯で再放送もあるとか)

11月3日午前9時 四季~ユートピアノ(1980)イタリア賞国際コンクールRAI賞など

11月4日午前9時 マザー(1970)モンテカルロ国際テレビ祭ゴールデン・ニンフ賞

11月5日午前9時 さすらい(1971)文化庁芸術祭テレビドラマ部門大賞

11月6日午前9時 夢の島少女(1974)

11月7日午前9時 川の流れはバイオリンの音(1981)文化庁芸術祭テレビドラマ部門大賞

(追記)
検索したら、ドラマのことも、主演の「少女」のこともある程度わかった。
彼女はそう、中尾幸世さんだった。
この人について書いたブログもあったが、中尾さんとは接関係ないみたいだから、URLは直接ここからリンクしないで置く。
今は朗読家として活躍中とわかり、嬉しい。

「蜂の巣の子供たち」

テレビの日本映画専門チャンネルでこの映画を見て、子供の頃の記憶と重なり、涙を禁じ得なかった。
戦後数年して封切られた映画だが、題名も映画のシーンのいくつかは記憶に残っている。
多分、学校の校庭に映写しに来たか(当時はそういうことがよくあった)、先生の引率で、映画館に連れて行ってもらって見たのかもしれない。

モノクロで、戦後の風景そのままの戸外撮影と、当時まだ沢山残っていた焼け跡や、あばら屋での、復員兵と戦災孤児たちの共同生活を描いている。
出演した子供たちは、監督の清水宏氏が、実際に自分で引き取り育てた戦災孤児たちであり、ほとんど野外ロケで作った映画とある。
小さなエピソードの重なりで作られているが、当時を知る人間には、見たような風景、見たような人たちのいろいろな場面が蘇り、心に染みるものだった。

私は昭和18年から戦後の21年までの3年間を、父の実家の福岡県で過ごし、東京に戻ったのは21年冬、前年4月の入学時は国民学校だったのが、終戦後、程なくして、小学校と名前が変わり、2年生になっていた。
東京はまだ焼け跡だらけ、学校は間借り校舎で、校庭は本校の生徒に遠慮して、隅っこで遊んだ。
本校の先生が「あんたたちは隅で遊びなさい」と云ったからでもあるが、そういうことも、当時の子供は仕方がないと受け止めていたのだろうし、仲間同士、屈託なく遊んでいた。
防空壕に逃げ込むこともなく、裸電球でも夜は灯りがあり、貧しくて、ろくなものも食べられなかったが、親たちが、生きるためにどんなに大変な思いをしていたか、分かっていたからだろう。

でも、後に自分たちの校舎が建ち、先生も子供も、みんなで一緒に教室の道具を持ち、歩いて引っ越ししたときは嬉しかった。
子供の世界は大人の世界を映す鏡である。
何を見たか、見なかったかと言う違いが、成長の過程で生きてくるのだと思う。

戦後の風景も、昭和30年くらいまでは、残っていたと思うから、映画も、野外セットなど組まなくても、村や町の風景がそのまま使えたのだろう。
町中は物々交換もあり、アイスキャンディがごちそうだったが、アンモニアの臭いがした。
上野公園には、戦災孤児がいたし、角棒をかぶった大学生が、ぼろぼろの服を着て、屋台でピーナツを売っていた。
それらはごく当たり前の、日常の風景だった。

私の末の妹は戦後生まれ、団塊の世代である。
きょうだいが3人、4人が普通だった時代は、家族の間の会話で、少しずつ補うので、同じ時代を生きてきたという感じはあると思う。
一番の違いは、私の級友たちには父親を戦争で失った人が少なからずいたが、戦後生まれの人は、少なくとも父親がいたわけである。
こういう映画を見ると、そのことを一番思う。
戦後70年、日本では、夫を、父親を、戦争でなくすと言うことがなくなったのは、いいことには違いない。

この映画は、悲惨な現実も描いているが、救いのある終わり方がいい。
出演した子供たち、私と同じくらいの年頃だから、今すべてが健在かどうかは分からないが、監督は、映画の出演者としてだけでなく、子供たちに明るい未来を託したかったのだろう。

子供というのは凄い。
当時過保護なんてことばはなかったが、どんな環境におかれても、何とか適応して生きていこうとする力がある。
今の子供にも、まず「生きる力」をもってほしいと思う。

成熟した文化に生きる女優たち

岩波ホールから、だいぶ前に、エキプ会員継続案内のはがきを貰っていたのに、うっかり継続手続きを忘れていた。
今月中に期限が来てしまう。
電話したら、振り込めば大丈夫だというが、岩波ホールのサイトに行ってみたら、丁度いい映画が上映されていることに気づいた。
それなら、明日か明後日、更新手続きがてら、映画を見に行ってみようと思う。

岩波ホール「家族の灯り」

この映画の主演ジャンヌ・モローは、昨年見た「クロワッサンで朝食を」という映画で、圧倒された。
85歳の女優の何と輝いていたこと!
映画は必ず一人で見る私は、この映画に限り、同世代の友人2人と一緒に見た。
3人とも、帰りにフランス料理を食べながら、彼女のすばらしさに話が弾んだ。
そして、こういう映画が成り立つヨーロッパの成熟した社会をうらやんだ。

そして現在岩波で上映中の「家族の灯り」という映画は、クラウディア・カルディナーレが共演している。
若いときの映画「刑事」や「山猫」「熊座の淡き星影」など、私も見て覚えているが、ただきれいと言うだけでなく、存在感のある女優だと思った。
その後長い年月を経て、現在も現役である彼女たちは、惜しげ無くシワを晒してカメラの前に立つ。
成熟したヨーロッパの凄いところだ。
女が、化けることばかりに気を遣ったり、若さだけが珍重される日本とは違うんだな。
いつまでも、生き生きした気持ちを失わないためにも、また同世代の女友達にも教えて、映画館に行こう。

セカンドライフ

先ほどのNHKの番組から。
今のシニアに人気あるコンテンツは、男の料理、自分史、歌声喫茶だと。
人と楽しくやっていくのに共通するのは、1.自慢話をしない 2.みんな平等 3.過去の話をしない。
特に企業で働いてきた男性には、往々にして、現役時代の話をしたがり、それが自慢話に繋がるので、サークルの輪を乱さないためには、それを禁じている場合もあるらしい。
ここに登場した料理サークルは、定年後の男性ばかりだが、過去の仕事に関係なく、料理に専念し、それぞれ、自分に合った役割を受け持ち、作った料理を食べ、楽しそうだった。
コメンテイター曰く、難しいかもしれないが、ある年齢になったら、男性はオバサン化した方がいいのだと。
オバサンは原則水平思考。
肩書きのあるキャリアウーマンではなく、普通の主婦感覚。
それは納得がいく。

次は東京都内のさる大学での「自分史を書く」というシニア講座。
講師は立花隆さん。
ささいな周辺の話から、それを文章にすることで、夢中で生きてきた自分の人生を振り返り、新たに気づくことも多いそうな。

それから昔あった歌声喫茶が、今人気があるという話。
私も行ったことがあったが、簡単な楽器の伴奏くらいで、リードする歌い手に合わせて、反戦歌やロシア民謡など歌っていた。
たぶんその当時を知っている人たちが中心なのだろうが、今は、もっと歌の種類も多く、年齢も幅広い。

この番組の中で私も参加したいのは、やっぱり歌声喫茶だなあ。
今の合唱活動から引退したら、亭主とそこに行って歌う。
懐メロ、今メロ、盛り沢山で、伴奏もプロの司会者もいて楽しそう。出前もするらしい。

テレビで見る映画

夜、自由な時間が2時間ばかりあると、テレビを見ていることが多い。
家にあるテレビは、すでに10年くらい経っているので、画面も音声も、当時のレベル。
だから、映画は、映画館のスクリーンで見るようには行かない。
昔のモノクロ映画なら、その差はかなり軽減されるが、それでも、作品によっては、ワイド画面の両端が写らなかったり、全体をテレビサイズにしたりの「加工」はしていると思う。
それを承知の上で見るわけだが、アクションシーンの多いスペクタル物などは、家庭で見るテレビには、向かないと思う。
特に、動きの激しい、目まぐるしく画面が変わるようなものは、見ていて疲れる。

ただ、内容によっては、テレビで見るのも悪くない。
私は、暴力的なシーンがキライなので、それが予測される物は、最初から敬遠するが、そうやって見逃してきた映画も、テレビでは、そこだけ音を小さくしたり、一時的に消したりして、コントロールできるので、精神的影響が多少軽くなり、映画館よりは楽である。
家庭での試聴は、日常の中の一つなので、映画館とは元々環境が違うのである。
贔屓にしてるのは、コマーシャルが入らないNHKハイビジョンや、いくつかの映画専門のCS放送。
第一級作品ばかりとは限らないが、テレビ用に作られたアメリカ、イギリスのミステリードラマは、面白いなと思える物が結構ある。
リバイバルの「「刑事コロンボ」、「バーナビー警部」など。
時には、駄作にもぶつかるが、余り腹も立たないのは、映画館で払う料金ほど高く付いていないからであろう。

23日、ロバート・レッドフォード主演というので、期待して見た映画、全くの駄作だった。
「二重誘拐」というタイトルだが、日本語タイトルは日本側で付けたのだろうから、原題は違うかも知れないが、内容に合っていないし、ストーリーは単純で、しかも後味の悪い結末。
レッドフォードも、こんな映画に出たことがあるのかという気持ち。
昨日見たNHKBSは、ココ・シャネルの伝記映画みたいだったが、これも期待はずれだった。
私の入っているネットコミュニティで、話題になったことのある、オドレイ・トトゥと言う女優が主演なので、どんな女優なのかという興味で見たが、私の好みではなかったし、ストーリーも、登場人物も、魅力のある人は余りいなかった。
シャネルが生きていたら、怒るのではないだろうか。
何となく終わりまで見ているうちに眠くなり、寝室に直行。
お蔭で、本当は見たかった同じチャンネルの深夜放送、「赤と黒」を見損なってしまった。

ジェラール・フィリップ主演の映画「赤と黒」は、日本での封切りは昭和30年代初めのような記憶があるが、大いに感動し、学校でも話題になった。
これをきっかけに、スタンダール作品にのめり込んだ級友もいた。
私も、ジェラール・フィリップのファンになり、「パルムの僧院」、「肉体の悪魔」、「花咲ける騎士道」など、次々見て歩いた。
「赤と黒」も、今見たら、又違った印象があるかも知れないが、見損なったのは残念である。
今夜はその第2部があるが、やはり最初から見た方がいいので、又の機会にしよう。
 
むしろ楽しみなのは、美空ひばりの「東京キッド」、1950年の映画。
封切りされた時期、私はまだ小学生で、映画館では見ていない。
子供のくせに大人の歌を歌うというので、PTAのオバサン達に目の敵にされていたのではあるまいか。
映画好きの父親も、話題にしていなかった。
後年、テレビで断片的に見たが、改めて、彼女の凄さを知った。