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想定外

東日本大震災以後、日本列島には予想も付かないようなことが起きている。
むかし、地震・雷・火事・オヤジというのが、怖いものを代表するものとして言われてきたが、昨今の状況は、「オヤジ」を除き、昔は考えられなかったような規模で起こるようになった。

地震には火事がつきものだが、地震の規模が大きければ、伴うものも大きくなる。
雷の中には、台風、大雨が伴うが、これも、予想外の惨事に繫がる規模になっている。

人知の測り得ぬ所で、天空、地球の中に、変化が起こっているとしか思えないが、それに伴って、人間の上に生じる数々の悲惨な状況に、私達はどう対応したらいいのだろう。
目の前の現象には、とりあえず、可能な限りの対策を講じるしかないのだろうが、それで終わるのでなく、みんなが、腰を据えて、もう一度、考える時なのかも知れない。

春の大雨

昨日は大雨だった。
おまけに真冬の寒さ。
とても春雨なんてものじゃない。
所用があり、夜出かけたが、アタマからすっぽりかぶるタイプのレインコートに雨靴。
中は毛糸のセーターに、厚めのタイツ。
電車の中は暖房が効いているが、外を歩くには、完全武装が良い。
時間の計算を間違え、目的の場所に40分遅れてしまった。
でも、行って良かった。
帰りは、友達と同じ電車で途中までいっしょだった。
今日も雨。
特に用事がないので、家でおとなしく過ごそう。

暮れの家事と黒沢映画

日付が変わってしまったが、24日のこと。
クリスチャンの人にとっては、大事なクリスマス・イヴ。
今歌っている所属合唱団は、中心になっている男性が、カトリック系の男子校出身なので、男声はその友人達がほとんど。
女声は、半分くらいか。
私も含め、クリスチャンでない人も、西洋古楽は、みな、キリスト教に関係が深いので、ミサやレクイエムの音楽を通じて、自然に、クリスチャンの人の行事や、歌う態度について、少しずつ知ることになり、有りがたいと思う。

さて、クリスチャンでない私は、きらびやかな飾り付けもせず、子供がいたときのような、クリスマスケーキも、プレゼントも無しで、日常のままに終わった一日だった。

朝、予約してあった歯医者に行く。
治療ではなく、歯の噛み合わせを直しているので、そのケア。
20分足らずで終わり、一旦家に帰る。
自転車だから、小回りが利く。
現金の補充が必要なので、近くの銀行端末でお金をおろし、眼科に行く。
公共機関の中なので、安全性が高い。
街中の現金引き出し機の場合、左右後ろを確かめてからでないと、下ろしたばかりの現金を後ろからひったくられることもあると言う。
なるべく昼間の明るいとき、しかも、後ろに長い列が出来ないような頃合いを見て、利用することにしている。
列が出来ていると、後ろの人を待たせてはいけない気になり、つい慌ててしまう。
今日は、ボックスの中に、おばさんが一人いるだけだったので、すぐ順番が来ると思ったら、そのあばさん、何件もの振り込みを持っていたらしく、7分程待たされた。
暮れだから、仕方がない。

眼科はものすごく込んでいて、検査、診察、投薬と、終わるまでに、2時間かかった。
緑内症の疑いが有るというので、片方ずつ、視野の検査をしている。
今のところ、眼圧を下げる点眼薬だけで、様子を見ましょうと言うことになっている。
終わったら、もう、昼の時間はとっくに過ぎていたが、これで帰宅すると、もう出るのがイヤになるので、そのまま外の用事を済ませることにした。
起きてから、牛乳一杯飲んだだけだが、体内に脂肪貯蔵庫が有るので、エネルギーはそこから湧いてくる。

1月12日のアンサンブル・カペラのコンサートチケットが届いたので、忘れないうちに郵便局で振り込み。
帰りながらスーパーに寄る。
自転車で2日分の食料を買った。
すでに2時半を過ぎていたので、手が掛からないよう、巻きずしを買い、待っていた夫と、遅い昼ご飯。
今日は、窓ふきなどするつもりだったのに、医者2件で思わぬ時間を取られたので、断念。
冬場の作業は、午後2時までが限度である。
3時過ぎると、もう気温が下がり始め、あっと言う間に日も暮れる。
毎年こんな寒いときに、なんで、忙しい思いをしなければならないのかと思い、正月なんて無ければいいと恨めしくなるが、仕方がない。
息子夫婦の部屋のレースのカーテンが、ところどころ傷んできたので、先日新しい物を買い、丈を合わせて貰った。
掛けるには、窓ふきを先にしなければならない。
何だかんだとごねて、家事を手伝いたくない夫に、「網戸は私が洗うから、窓ふきお願い」と言ってある。
本当は、網戸の方が大変なのだ。
多分夫は、どんなに忙しくても、会社に行って仕事をする方がいいと、内心思っているに違いない。

昼食とティータイムと合わせたような軽食が終わると、もう3時半。
ここで初めてパソコンを開け、メールや、管理サイトの連句の進み具合など、チェック。
そんなことをしているうちに、日が暮れてしまい、また台所に立つ時間。
あとは、いつもと変わらぬ経過だった。

夜、BSで連続して放映中の黒沢映画を見る。
24日は「八月の狂詩曲」。
その前の「影武者」、「乱」など、血なまぐさい物を見た後だったせいか、静かな日常の中に、メッセージを感じられるこの映画に感動した。
1991年の作品。
主演の村瀬幸子86歳。黒沢は81歳(?)。
セリフも、映像も、人の動きも、素晴らしく美しい。
長崎の原爆が、背景にあるが、1人の老女と、屈託のない子供達との交流を淡々と描いた中に、黒沢の怒りと、祈りが込められているように思った。
リチャード・ギアが出演しており、映画のあとのドキュメント番組の中で、「黒沢は国宝だ。あなた方は幸せだ」と語っていたのが、印象的だった。

転ぶ

昨日、合唱の練習からの帰り道、道路で転倒してしまった。
引っかかるところのない様な、歩き馴れた平坦な道。
どうして、あんな処で、転けてしまったのか、解らない。

私は、仲間達と、お喋りしながら一緒に歩いていて、あと数メートルで駅に着く場所だった。
右肩にショルダーバッグ、左手に、楽譜や防寒用ストールの入った手提げ。
バッグは、大きめの物が好きで、なんでも入れるので、女性用としては重い方である。
でも、中身は大体同じで、昨日が特別ではなかった。
合唱の練習場である教会から、駅までは、1人だと5、6分だが、人と一緒の時は少しゆっくりなので、7分くらいかかっているかも知れない。
週に一度の練習は、夜7時から9時までである。

昨日は、4時からヴォイストレーニングがあり、終わって、練習までに2時間空いたので、ちょっと寄り道をした。
いつもなら真っ直ぐ練習場のある駅まで行って、途中のファミリーレストランで、軽く何か食べていくところだが、急に思い立ったことがあって、ルートを変えてみたのである。
しかし、初めて試みたルートは、思わぬ時間が掛かり、練習時間に、間に合わなくなりそうなので、軽食を摂るのを諦め、飲み物のボトルだけコンビニで買って持っていった。
昼食が遅かったし、あまり空腹も感じていなかったが、2時間の練習が終わる頃には、さすがにお腹もすき、疲れてもいた。
でも、こんなことは、珍しいことでもないし、自宅まで1時間足らずで帰れるのだからと、あまり気にしていなかった。
いつものように、合唱仲間の人たちと、話をしながら、普通に歩いていて、急にバランスを失ったのである。

爪先が、ちょっと引っかかったことは意識したが、普通なら、そのくらいで転ぶことはない。
それが、バタンと、見事に前につんのめるような形で、転んだのは、どうしてだったのか、思い出して見ても、不思議である。
「魔が差す」という言葉があるが、そんな風にしか説明が付かないことであった。

一緒に歩いていた人たちがビックリして、手を差し出す間もなく、私は自力で起きあがり、何に躓いたのか、振り返ってみた。
そこは、駅まで続く細い道で、アスファルトと砂利が混在している部分があり、左右が多少でこぼこしている。
雨が降ると、水が溜まったりで、あまり愉快な道ではない。
しかし昨日は、晴れていたし、滑るような箇所はない。
ただ、縁石のような出っ張りがあるので、いつも、あまり気にしないで歩いているが、なにかの拍子にそれらのどこかに引っかかったのだろう。

両手は物を持った状態で、前に倒れたのか、持ち物は投げ出してもおらず、手が汚れてもいない。
スカートも、切れたり汚れたりしていない。
履き慣れたズックシューズだったが、船底で踵はそれほど高くないので、引っかかったとすれば、爪先が、ほんのちょっとした出っ張りに当たったのだろう。
年を取ると、爪先が上がりにくくなり、躓きやすくなるので、踵から足を下ろすよう、気を付けているが、その時は、話に夢中になって、足元に神経が行ってなかったと見える。

「大丈夫?」という、廻りの声を聞きながら、何とか立ち直って、歩き出した。
前を歩いていた男性が、「凄い音がしたよ。骨を折ったりしていない?」と心配してくれた。
両膝頭が痛いのが解った。
かなりぶつけたらしいが、骨が折れたと言うことはなく、捻挫でもなく、打撲の痛さだった。
恥ずかしいのと、早く家に帰りたいのとで、挨拶もそこそこに、同じ方向に帰る友だちと、電車に乗った。

そして、今日になり、やはり膝頭が青くなっている。
階段の登り降りがきつい。
以前、懸かったことのある整形外科は、休診日。
一日、家でおとなしくして、様子を見ることにした。
ゴミを出したり、鉢植えに水を遣ったりしたが、歩行に差し支えるほどではない。
家の中での作業も、出なければならぬ用事もあったのだが、全てパス。
明日、行きたいコンサートがあったが、チケットを買ってはいないので、それもパスしよう。
9,10と一泊の小旅行があり、それには行きたいので、それまでに痛みを治さねば・・・。

なんとも情けないことよ。
一日、憂鬱だった。
これからは、こんなことが多くなるだろう。
ボケのきっかけは転倒からである。
転んで骨を折り、入院したのがきっかけで、脳が退化してしまった人を知っている。
亡くなった父は、肺炎で入院し、点滴をしている2週間ぐらいの間に、大分老化が進んでしまった。
しっかりした連句の先輩が、入院先で、点滴にビタミンBを入れ忘れて、脳がダメになってしまった。
医療ミスだが、そんなことが、その時、病人に解るはずはない。
私は医療不信があるので、入院だけはしたくないが、そんなことになったら、どうしよう。
「ビタミンB、ちゃんと入れましたか」
「この薬、ホントに私のですか」と訊けるだろうか。
医者も人間だから、カワイゲのない患者には、辛く当たるかも知れない。

若い人には、この情けなさは、解るまい。
世の中の風潮は、年寄りを邪魔者扱いするようになってきている。
みな、数十年経てば同じ、明日は我が身なんだけどね。
体が、思うように機能しなくなり、それで、周囲から冷たくされたら、どんなに辛いだろう。
改めてそんなことを思ったアクシデントであった。

庭師来る

画像

歳時記にも載っている「庭手入れ」。
昨日から、庭師がやってきて、2人で、チョキチョキやっている。
例年、10月の終わりから今ごろに来てくれる。
もう17年も来ているので、要領が解っている。
特別な注文があるとき以外は、黙っていても、ちゃんとやってくれるのが有りがたい。
私は、10時と3時にお茶を出すが、昼は、彼らは弁当、お茶持ちで来ているので、何も出さない。
10時のお茶は、紅茶にクッキー、チョコレート程度、3時は、日本茶と和菓子、果物を添えて出す。
ベランダのテーブルに、お湯の入った魔法瓶、茶碗、トレーにお菓子を盛り合わせ、「ここに置きますから、適当にどうぞ」と声を掛けておく。
彼らは、頃合いを見て、休憩を取る。
そんな呼吸も、いつの間にか、定着している。

我が家の庭には、素人の手に負えない高い樹木が何本かあるので、年に一回は庭師を呼ばねばならないが、まる二日間、2人で、全部の手入れが済む。
以前は、木の数が多く、4人で三日間という時期があったが、家を建て替える時にかなり減らし、今は、4人手間で済んでいる。
それでも、切った枝や草だけで、軽トラック2杯分有るが、それも、全部持って行ってくれる。
これも、肥料になるらしい。
お茶と昼食の時間を除くと、動いている時間は、正味6時間半くらい。
手間賃はバカにならないが、欠かせない必要経費である。
バブルの頃から比べると、庭師の仕事は減っているようだが、腕の立つ人は、贔屓の客がいるので、あまり影響ないようだ。

今は日が短い時。
5時には薄暗くなってしまうが、運悪く庭灯が故障している中、昨日も、時間いっぱい働いてくれた。
庭の色味は、今、門の傍の山茶花と、石蕗の花だけ。
石蕗は、闇の中でも、黄色が映える。

はじめは、若者に近い年齢だった親方も、17年の間に、髪の白さが目立ってきた。