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終戦の日

正午には、黙祷する。
20才で太平洋上に消えた、父方の叔父。
広島で爆死した母方の叔母。
共に未婚だった。

父の末弟だった叔父には、生前には会った記憶がない。
父が南方に出征したあと、母は私を頭に3人の子を連れて、福岡県の、父の実家に身を寄せ、終戦後、父が帰ってくるまでの3年間を過ごした。
そこには、父の両親、女きょうだい、結核で療養中の弟がいた。
戦死したのは、その下の弟である。

本人は気が進まなかったらしいのに、飛行士への道を選んだのは、祖父の指示だったと、後で父から聞いたが、日本を被っていた時代の空気とも言える。
生前の写真が、父の遺品の中にあるが、若く凛々しい飛行服姿である。
平和な世であれば、学校へ行き、就職し、いずれは家庭を持ち、子の父にもなったであろうに。
恋も知らず、大海に沈んだ、見ぬ叔父のことを思うとき、涙が溢れてしまう。

戦死広報が入ったとき、父親である私の祖父は、「本当は、飛行士になどさせたくなかった」と慨嘆したらしい。
しかし、幼い孫の私達には、嘆きの姿は見せなかった。
祖母が、末息子の死を悲しんで、縁側で縫い物をしながら、いつも、涙を拭っていたのを、覚えている。
「おばあちゃん、また泣くの」というと、「そうだね、泣いてばかりじゃ、いけないね」と、無理に笑い顔を作ったりした。

60年以上続く平和な日本、それは大変幸せで、貴重なことである。
でも、過去には間違いなく、望まぬ死を余儀なくされた沢山の人たちがいたことを、思って欲しい。
死んだ人たちは、何も言葉を発することが出来ない。
だから、今生きている若い人たちには、命の尊さを大事にして、人生を歩んで欲しいと思う。
それが、60年以上も前に、青春を断たれた人たちに報いることなのだから・・・。