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ひとが輝きを見せたとき

これは素晴らしいドラマ!
文句なしに感動してしまった。

歌は心【完全版】/スーザン・ボイル──Susan Boyle(日本語字幕)

ほんの10日あまり前に世界中に流れて、話題をさらった動画の日本語版。
イギリス、グラスゴーで放映されたらしいテレビ番組でのこと。
日本で言えば、かつての「スター誕生」とか、「のど自慢」みたいなもののようだが、ずぶの素人の中から、才能を発掘する趣向らしい。
そこに登場した、スーザン・ボイルという女性。
決して容姿端麗とはいえず、若くもない。
スコットランドの田舎に猫と住み、48歳の今まで、まだ、恋愛も経験していないと言う。
でも、明るく屈託がない彼女は、みんなに自分の歌を聴いて貰いたいといい、舞台に登場する。
歌手になりたい夢があると語る彼女のことばに、3人の審査員も、会場の観客も、冷ややかな反応を示す。
早く引っ込め、みたいな空気さえ露骨にある。

処が、イントロが流れ、彼女が歌い始めると、審査員の表情が変わり、歌唱が進むにつれ、会場の雰囲気が、大歓声に包まれていく。
冴えないオバサンだった彼女が、豊かな表情と歌声で、光り輝いて見える。
最後には、全員が立って、大きな拍手。
結果は、審査員全員の文句なしの満点。
歌を聴くまで、気乗りしない応対をしていた審査員達が、大きな拍手と賞賛のコメントと共に、彼女を送り出す。
舞台に登場し、帰るまでの、わずか5分くらいのドラマだが、見ていて、涙が出てしまった。
たちまち評判になり、動画が流され、世界中から、ものすごいアクセスで見られているという。
今や、ネットでもっとも有名な女性の1人だろう。
日本語訳され、インタビューも入ったこの動画は、一見の価値がある。

ぶっつけ本番の番組らしいので、カメラも、特に彼女だけを真剣に撮っていたわけではないだろう。
控え室では、多分注目もされなかったと思う。
思わぬ結果に、後から、関連したシーンを繋ぎ、編集して、見せ場のある一篇にしたのだろうが、良くできている。
彼女の飾り気のない人柄と、素晴らしい歌唱は、紛れもなく本物。
「ファンタスティック!」と涙混じりで語る彼女に、これからの人生が良いものであるように祝福したくなる。
感動を与えてくれて有り難うと言いたい。

無実の罪を作らないために

昨日こんなニュースが出た。

電車内で女子高校生に痴漢行為をしたとして強制わいせつ罪に問われ、一、二審で実刑とされた防衛医科大学校の名倉正博教授(63)=休職中=の上告審判決で、最高裁第三小法廷(田原睦夫裁判長)は14日、「被害者の証言は不自然で、信用性に疑いがある」として、逆転無罪を言い渡した。教授の無罪が確定する。五裁判官のうち三人の多数意見。
 判決は「客観証拠が得られにくい満員電車内の痴漢事件では、特に慎重な判断が求められる」とした。同種事件の捜査や裁判に影響を与えそうだ。
 同小法廷は、手に残った繊維の鑑定などの裏付け証拠がないことから、唯一の証拠である被害者の証言について、慎重に判断する必要があるとした。
 その上で、痴漢被害を受けても車内で逃れようとせず、いったん下車した後も車両を変えずに再度教授の近くに乗ったとする女子高生の証言を、不自然で疑問が残ると指摘。全面的に証言の信用性を認めた一、二審の判断を「慎重さを欠いた」と退けた。 
[時事通信社]


このニュースが出る10日ほど前になるが、どこかのブログで、痴漢に間違えられたという記事を読んだ。
雨の中、なるべく沢山の人が乗れるようにと、バスの中で、間を詰めて乗ったところ、前の女性に、痴漢に間違えられたというのである。
そして、セクハラというのは、状況の事実如何に関わらず、女性がそう思ったかどうかで決まるので、今度から、列を詰めるなんて事はしない、こういう誤解で、罪に問われる人も多いのではないかと結んでいた。

私の若い頃、確かに、乗り物の中や職場で、「セクハラ」的な状況は、日常的にあったし、男性優位の社会では、女性が一方的に我慢を強いられたり、人にも言えず、悩んだりした事が多かった。
上役からのセクハラで、会社を辞める人もいたし、誰かに訴えても、あまり取りあげられず、逆に、「大人げない」とか、女性側に、隙があるから悪いのだという風に言われるのが関の山だった。
勿論、そうでない男の人の方がずっと多かったのだが、たまにそんな現場を見ても、男同士は庇い合って、女性の味方にはなってくれなかった。
女性達は、暗黙の了解のうちに、危険人物には、1人で近寄らないとか、年配の女性社員に知恵を借りるとか、夏場などは露出度の高い服は着ないとか、自分たちで防御するしかなかったのである。
だから、女性の社会進出が広がった今、痴漢やセクハラにも、黙って泣き寝入りせず、堂々と抗議したり、セクハラが、恥ずべき事だ、悪いことだという「常識」になってきたのは、大変いいことだと思う。

一方で、過剰反応というのか、誤解や思いこみによる訴えも、少なくないらしい。
混んだ車内では、意識しなくても、人の体に触れてしまうことがあり、それは男も女も同じだが、対女性の場合だけ、一概に、痴漢だとか、セクハラだとか決めつけてしまうのは、善良な男性達に気の毒だと同情する。
「ハイヒールで踏まれても我慢してるのに、ヘンな濡れ衣を着せられたんじゃかなわないから、車内では、なるべく女性の近くに行かない」と、連れ合いも言っている。
私の息子は、電車が揺れた拍子に、傍の女性に手が当たり、凄い顔で睨まれたときは、「電車に文句言ってよ」と言い返したいのを、ぐっと我慢したらしい。
「自意識過剰なんだよ」と、息子は怒っていたが、一旦疑いを掛けられたら最後だからと、そんなときは、理屈抜きに謝ることにしているそうだ。
「くれぐれも、ヘンな誤解をされないようにしてね」と慰めた。

確信犯的な痴漢、職場の上下関係を武器にしたセクハラは、勿論許されることではないし、糾弾されて然るべきで、原則被害に遭った女性からの訴えを重視してほしいと思うが、女性の側も、まず自衛することと、事態を冷静に捉える努力をし、曖昧な思いこみで、罪なき人を、陥れるようなことのないようにしたい。
古いねと言われるかも知れないが、乗り物の中などでの椅子の坐り方ひとつでも、あまりに無防備な姿勢でいるのを見掛けると、ハラハラする。
昔は、母親や女教師から、女性ならではの姿勢や身の処し方を教わったもんだけどなあと思う。
いつかテレビで、ある映画俳優が、あまりにも短いスカート姿の女子高生を評して、「見せるな!」と怒っていた。

私は同じ女性として、同性が、有りもしない「痴漢」事件をでっち上げることが、そんなに多いとは思わないし、今度のことも、「事実はあったが、違う人を間違えてしまった」ことなのだと解釈したいが、身に覚えのない「痴漢」の罪を着せられた、善良な男のひとたちが、少なくないという話を聞くと、女性の立場から見ても、気の毒だし、旧時代の反動だとしても、男性受難の時代だとも思える。
だから、このニュースは、男性女性双方にとって、今一度、身を正し、間違いによる糾弾の怖さを噛みしめる良い例として、プラスに働けばいいと思う。
その内に、「痴漢に間違えられるとイヤだから、男性専用車両を作ってくれ」などと言う要望が、出たりするのではないだろうか。
大体「痴漢」ということば、行為そのものが低レベルなのだから仕方がないが、何とも品格に欠けた言葉ではないか。
こんなものは、事実上、死語になる日が来ることを祈りたい。