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肩書き付きブログ

ブログを開設したばかりの、2004年当時のこと。
今、当時のブログは過去ログ状態で置いてあるだけなので、検索にも出て来ない。
自分が記事更新すると共に、いくつかのブログの作者と、互いに訪問し合う間柄になっていたのだが、その中に、いわゆる「社長日記」的なブログがあった。

最初はそれと気づかず、贔屓ブログのリンク欄に載っていたので、クリックしてみたのだった。
人のブログに寄せるコメントも、大変キチンとした書き方だったので、好感が持てたからである。
その内に、私が書いたコメントから辿って、こちらにも、訪問してくれて、コメントを書いてくれたのだが、末尾に「○○株式会社代表取締役社長××」と書いてあるのを見て、ビックリした。
ブログのコメント欄に、そんな肩書き付きで、コメントを書く人というのは、初めて見たからである。
当初見かけた誰かのブログには、肩書き付きのコメントではなかったと思うのだが、その人は、誰のブログにも、最初は、肩書き付きで名乗って書く習慣なのかも知れない。
だから、名前は本名だし、会社名も、実在するのである。

その人が、自分のブログに実名で書くのは勝手だし、社長でも、社員でも、構わないが、私のブログにコメントするのに、肩書を付けるというのは、どういう意味があるのだろう。
私は、その人が「社長さん」だからコメントしたわけではないし、その人の経営する業種に、興味があるわけではないし、通常の社会現象について書かれた記事に対して、コメントしたのだから。

そこで、「私はネットでは名刺も持ちませんので、このハンドル名で、どこにでも出かけますし、コメントもさせていただいております。お出でになる方にも、そのように対応させていただきます」と返信し、実際の社会での肩書が、私の場合には、ほとんど意味を成さないことを、示唆したつもりだが、どうも通じなかったらしい。

その内に分かったのは、その人は、自分のブログを、経営する会社の社員達に読ませ、感想などを聞くのを楽しみにしているらしいことだった。
コメント欄に、褒め言葉ばかり並んでいたのも当然で、前からの訪問者は、それを知っていて、ヨイショしていたのである。
ネットは、実生活とは全く別の空間とみなし、個人のスタンスで書いている私とは、もともと土壌が違うのである。

そして、その人のコメントで、引っかかったのは、「私のブログにコメントをされる場合は、記事をはじめから全て読んだ上で、お願いします」と書いてあったことだった。
これには、とても付き合えないと思った。
だって、私は、あなたのその記事に対してコメントしたのであって、ブログ全体に対するコメントではないんだもの、全部読まなければ、コメントしちゃいけないんだったら、そんな時間はないので、もう、これ以後コメントはしませんと返信し、以後、覗くのも止めた。

私のコメントは、「社長さん」の一つの記事に対して、少し違う考えがあったので、率直に言ったのだが、社員に読ませたくなかったのかも知れない。
私は、礼儀を守り、言葉遣いも丁寧に書き、しかし、向こうが「社長さん」だからと言って、こちらがへりくだる必要はないから、個人対個人の、対等な立場で書いたのだが、「社長さん」としては、異論や批判的なコメントは、社員達の手前、あまり歓迎しなかったのかも知れない。

それ以後、ネットで、肩書を付けて書いているような人のブログには、近づかない方が賢明だと思っている。
「社長」とか、自治体のお偉いさんとか、ペンが一つの権力になっているような、大マスコミの書き手とか、通常「センセイ」などと呼ばれる職種の人たちは、その世界では、上に立つ人たちだから、周囲からも、尊敬され、崇められるし、相手から頭を下げられることはあっても、自分の方から、へりくだることは、少ないのかも知れない。
インターネットも、その延長線上で、参加しており、違和感はないのだろう。

でも、市井の一個人に過ぎない私から見ると、「社長さん」の専門分野に関する記事は、下手にコメントは付けず、黙って、飛ばし読みするだけだが、誰にでも共通するような、社会現象とか、人々の暮らしに関することだとか、日常的なエッセイなどは、特定の人たちだけの世界ではないから、私の目線でも、読めるし、時には、コメントもさせて貰ったりするのである。
「社長」ブログにコメントを寄せる「社員」、「センセイ」の記事に感想を言う「生徒」とは違うかも知れないが、一般に公開されているブログなら、不特定多数の人の目に触れており、そのような人からも、コメントをつくことは、ごく自然である。
時には、反論めいたことも、書かれるかも知れないが、礼儀に叶った書き方であれば、キチンと対応すればいい話である。
それがイヤなら、パスワードでも掛けて、その世界の人たちだけで、遣り取りすればいい。
その会社の「社員」でもない私が、「社長」に、他の人と違った気の使い方をしなければならない理由はないのだから。

しかし、その辺のことは、充分に心得ているはずだと思う人でも、縦社会の習慣や意識が抜けない人が居るのだ。
やはり、ネットでは見えないが、ブログにも、肩書がついていることがあるのである。
「社長」は、どこに行っても「社長」であることを、止めることが出来ないのである。
ふとしたことから、それを感じた時は、私は、もう、そこに出入りするのは、止めることにしている。

私にとって、一番大事なのは、精神の自由。
本来、肩書などはないはずのバーチャルな世界で、実際の社会での肩書が、まかり通るような場所は、なるべく避けて通りたい。

金曜日夜、車中のみなさま

すみだトリフォニー・ホールで、アルミンク指揮のワグナーそのほかを聴き、余韻に浸りながら乗った帰りの電車の中。

錦糸町から総武線でお茶の水迄来て、そこで中央線快速に乗り換え、自分の降りる駅までと言うルートで帰ってきた。
私の最寄り駅は、9時半でバスが無くなるので、その一つ手前で降りると、遅くまでバスがあるし、本数も多い。
総武線では座れたので、そのままでもよかったのだが、各駅停車は時間が掛かる。
・・と言っても、10分足らずの違いなのだが、夜遅いので、快速に乗りたかったのである。

処が、乗り換えて、後悔した。
勿論、座れないことは覚悟の上だから、いいのだが、酔客がいっぱいなのだ。
座席に掛けたまま、眠りこけて、体が左右に揺れている人、吊革にぶら下がるように身を持たせて、もうろうとしている人、みな男性である。

途中から乗ってきた学生風の若い4人組は、正体無く酔いつぶれた仲間を抱えるようにしている。
苦しそうに、しゃがみ込み、仲間の1人が、ポリ袋を彼の口に宛てて、吐瀉に備えている。
まだ、酒の飲み方も知らないような、大学生になったばかりくらいの若者達。
「大丈夫?」と声を掛けたが、廻りの視線を気にしながら、3人がかりで、その仲間を支えていたのが、救いだった。
途中で、4人とも降りて行ったが、無事、家までたどり着けただろうか。

金曜日の夜だからか、車内は混んでいて、私は結局、立ったまま、自分の降りる駅に着いたが、鈍行電車に乗っていた方が良かったと思う。
各駅停車だから、人はどんどん入れ替わるし、私の乗ったのは、三鷹までしか行かないので、だんだん車内はすくし、正体無く眠りこけている酔客も、あまりいなかったのではないだろうか。

座席で荷物を前に放りだしたまま眠りこけていた男性、ふらふらと揺れる度に、隣席の若い女性(ミニスカートだった)に、手が触れそうになる。
その内、痴漢だなんて、突き出されるのではないかと、ハラハラした。
私の前に座っていた男性、時々目を開けて駅を確かめていたが、だらしなく、にゅッと突きだした足が、ときどき私の靴にぶつかる。
押し返すと、逆に目を開けて、こちらを睨む始末。
酔い加減で、声が大きくなり、辺り構わず、職場仲間のワル口を言い合っている、中年の男達。
実に聞き苦しい。
どちらを見ても、愉快ではない風景。

金曜夜遅くの電車、よく見極めて乗らないといけない。

二度有ることは・・・

昨日音楽会に行ったはいいが、そこでまた転けてしまった。

東京スコラ・カントールム/聖グレゴリオの家
創立30周年記念合同演奏会
「テ・デウム」」
~日本における宗教音楽研究・教育施設拡充に向けて~

2009年5月10日(日):18時開演
新宿文化センター大ホール
指揮:イェルク・シュトラウベ
合唱:
   東京スコラ・カントールム(合唱指揮:青木洋也)」
   カペラ・グレゴリアーナ(合唱指揮:橋本周子)
オルガン:諸岡亮子
ヴィオラ・ダ・ガンバ:福沢宏
演奏曲目:
    メンデルスゾーン:「前奏曲とフーガ変ロ短調(オルガン)他
    J.S.バッハ  :モテット「聖霊は私達の弱さを助けてくださる」
    メンデルスゾーン:詩編歌「神よ、私を裁き」」他
               :「テ・デウム」

シュトラウベ氏の指揮は、大変力のあるものだったが、合唱が今ひとつ。
オルガンと、ソリスト集団の詩編などは、いい演奏だったと思う。
全体に、今ひとつ、こなれていない感じがあった。
最近、きれいな声の、少人数での古楽アンサンブルに凝っている私には、アマチュア主導の大合唱(しかも平均年齢の高い)は、ちょっと好みに合わなくなっているのかも知れない。
でも、シュトラウベ氏のステージマナー、オルガン演奏は素晴らしく、好感の持てる演奏会だった。
会場も、八割方入っていたと思う。
メインのメンデルスゾーン「テ・デウム」は、初めて聴いたが、やや荒削りながら、迫力のある演奏だった。


さて、ここからが本題だが、昨年11月に路上で転倒し、今年4月にオペラパレスで、転んだ。
http://ela-mesmo.at.webry.info/200904/article_2.html

それに続く3回目。
躓くというのは、結構若い頃からあった話なのだが、この三回は、文字通りの転倒。
昨日の会場は自由席だったので、前半は、一階席の前から5列目くらいの処にいた。
オルガンの音、合唱の声が、大きく響くので、休憩後にもう少し後ろに移ろうとしたが、満席である。
そこで、2階席に移り、後方から、階段を下りて、前の方に移動するときだった。
前から2列目の、通路側に空いた席があったので、そこに移ろうとしたときに、どういうわけか、見事に前のめりに転がり落ちたのである。
廻りの人に助け起こされ、ハンドバッグも拾って貰い、「大丈夫ですか」と労られながら、平静を装って席に坐ったが、正直なところ、痛みがひどかった。

前回のオペラパレスの時と、ほぼ同じ状況下だったが、その時は、階段一つ踏み外しただけで、我慢できないほどではなく、歩行に差し支えるほどではなかった。
今回は、転倒の度合いが少し大きく、打撲もひどかったのだろう。
右腕が、みるみる青く腫れ上がり、左膝が、づきづきする。
それでも、坐って、後半を聴き終わったのは、最後まで音楽を聴きたかったのか(多分、これが一番の理由)、周りの人たちへの見栄のためか、痛みが何とか我慢できたためか、自分でもよく分からない。

終わって、アンコールが2曲。
さり気なく消えるには、ちょっと動作が追いつかないので、最後まで拍手していた。
もし立てないようだったら、廻りの人に頼んで、劇場の人を呼んで貰うしかないと思ったが、何とか、立ち上がり、そろそろと階段を上がって、出口に歩いたが、膝を持ち上げるときが、一番辛かった。

来るときは、JR新宿駅から、歩いて15分以上掛かったので、帰りはタクシーで駅まで行こうと、列に並んだが、なかなか来ない。
右足を軸に、左足を少し浮かす感じで歩けば、何とかなることが判ったので、大勢の人たちと一緒に、結局、新宿駅まで歩いてしまった。
処が、不運は重なるもので、今、JR新宿駅は、構内の工事の真っ最中。
エスカレーターは、ストップしているし、エレベーターの場所も、遠い。
電車で座れる方がいいので、我慢して、階段で、手すりを頼りに鈍行電車のホームに上がった。
上から降りてくる私より年かさの女性と、鉢合わせになり、私の方が障害が大きいのではないかと思ったが、向こうがどかないので、譲る。
休日の中央線は、途中駅をかなりカットするので、時間的には早いが、鈍行の総武線なら、終点まで座っていけるので、最近は、そちらを利用する。

車中で、夫にメール。
「転びました。ベルを押したらすぐ開けて下さい」と送信したが、後で聴くと、中途半端な情報で、状況がよく掴めなかったらしい。
家に帰り着いたら、自分で鍵を開けずに、ベルを押すので、すぐにドアを開けに来て下さいという意味である。
我が家は、鍵の管理はめいめいの責任になっている。
いつもなら、お互い、鍵を持って出るのを忘れないよう、自分で鍵を掛け、帰ったら、自分で開けて入ることになっている。

駅に着いたが、タクシー乗り場は、陸橋を越えて、遙か向こう側。
そこまで歩くのもイヤだと思っていたら、すぐ傍のバス停に、自宅の至近距離を通るバスが来たので、乗り込み、10分後に、私の降りるバス停に着いた。
ケータイで、「今降りたから歩いていく」と連絡すると、途中まで夫が迎えに来てくれた。
骨でも折って、どこかに担ぎ込まれたかと心配したらしい。

玄関を入ると、どっと痛みが来て、自力では、這い上がれなかった。
取り敢えず、お腹を満たし、痛みのあるところに湿布し、早めに寝たが、ベッドに横になるときに、膝が曲がらず、辛かった。
{明日一番で、整形外科に連れて行ってやるから」と夫に言われたが、今朝起きてみると、腕の方は、腫れが引き、左膝は痛いが、整形外科に行くほどでは無さそうだ。
膝を持ち上げるときが一番痛いので、車の乗り降りが、しにくいかも知れない。
骨は折れていないし、打撲だろうから、今日一日、湿布して、おとなしくしていることにした。
幸い、どうしても行かねばと言う場所はない。

でも、度々転ぶようになったというのは、体力の衰え以外に、脳がおかしくなっているのだろうか。
バランス感覚が無くなったのは確かである。
落ち着いたら、一応整形外科に入って、診断して貰い、脳外科にも行ってみた方がいいかもしれない。
卒寿過ぎた母親が健在なのに、娘の私の方が、先にボケたら困る。
昨日、五センチ高のヒールの靴を履いていたのが良くなかったと反省。
前回、そう思ったのに、やはり、陽気のせいで、スニーカーみたいな靴はイヤだったのだ。
右足を軸にして降り、左足が、後から来るが、その時、階段の先に貼ってある滑り除けのゴムのような物に、引っかかったと見える。
わずか5ミリほどの出っ張り。
建物としては、古い方に属する。
出来た当時は、高齢者や身体障害者のことまで、視野に入っていない。
同じ古くても、東京文化会館は、3階席に上がるにも、あまり抵抗感はない。
エレベーターも、エスカレーターもないが、階段はあまり高さがないし、螺旋状に回り込んでいるので、途中で小休止できるからだ。

新宿文化センター、アクセスもあまり良くないし、申し訳ないが、ここも、なるべく行きたくない場所としてマークしておこう。

連休も終わり・・・

国際フォーラムで三日間に亘って行われた、「ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン」のバッハ祭りは、5日の深夜に終了。
昨日で連休も終わった。

昨年の連休も、遠出を取りやめて東京にいた私は、はじめてこのお祭り(昨年はシューベルトがテーマ)に参加したのだが、通常のコンサートとは違う熱気があって、楽しかった。
そこで、今年も、最初から、ラ・フォル優先で予定を組み、チケットも、好みのプログラムを早々確保した。
日本列島が、民族の大移動になるような時期、込んだ高速道路なんかでイライラするよりも、音楽に浸った方が余程いいではないか。
そこで、4日の午前11時15分から、夜の11時半までに渡り、6つのコンサートをハシゴしたのである。

さすがに疲れたが、バッハの「カンタータ」「ロ短調ミサ」、ペルゴレージの「スタバト・マーテル」、ブクステフーデなど、演奏はそれぞれに素晴らしく、魅力があり、満足した。
5日、最終公演の「マタイ受難曲」は、チケットが買えず、残念だったが、朝から雨模様。
段々雨脚が強くなり、深夜に及ぶ「マタイ」に行かなくて良かったと、負け惜しみを言いながら、家で休養した。

全公演終了後は、直ちに、全ての装置が取り払われて、元に戻ったそうな。

新型インフルエンザの脅威はあるだろうが、あちこち散らばっていた人たちも、職場や学校に戻り、静かな日常に帰りつつある。
でも、昔は、土曜も休みではなかったし、5月も、3日の憲法記念日、5日のこどもの日があるだけで、連休とは言えなかった。
たまに4日が日曜日になれば、3日連続の休みになったわけだが、祝日が日曜日と重なっても、振替休日にはならなかったから、「飛び石連休」などと言って、間の一日を、学校や会社に行ったのである。
考えてみると、勤勉で、あまり楽しみ方も少なかった、旧来の日本人は、今のような大型連休があっても、どう過ごしていいか、困ったに違いない。
私は、国民全体が一斉に長期間休む今の状況、あまりいいとは思わない。
それよりも、それぞれが、好きなときに、一定の長さの休暇が取れる方がいいように思うが、教育現場はそうも行かないだろうし、会社の効率から言っても、まとめて取って貰った方がいいと言うことになるだろう。

ともあれ、年末年始に続く、日本列島民族大移動の季節は、昨日で終わり。
いろいろな事情で、長い休みを歓迎しない人もいるのではないかと、ちょっと考えてみた。

昨日は雨だったが、夜、合唱の練習に行く。
先週(4月29日)もそうだったが、祭日も練習はしますと言うことで、開始時間を1時間繰り上げ、6時から始まった。
先生も、自宅から車で来た。
大雨の中、ちゃんとパートが揃ったのは素晴らしい。
今、アネリオの「レクイエム」を練習している。
4月にアルトひとり、今日からソプラノにひとり、新人が増えた。
願わくば、若い男声会員が、あと2人くらい欲しいところである。

きょう早朝、ゴルフに出かけた夫が、「雨で中止になった」と言って、帰宅。
天気予報は、晴れるはずだったという。
かなりの降りなので、諦めて中止にしたらしい。
以前は、雨中のゴルフも厭わなかったが、みな、若くはないので、最近は無理はしないことになったらしい。
ほとんどがリタイアしているので、民族大移動の時期をずらし、平日に行くことが多くなった。
仲間内には、プレーの最中に心臓が止まって、亡くなった人もいるが、滅多にない例である。
知らせを受けた奥さんは、「本人が好きなゴルフをやっていて、皆さんに見守られて亡くなったのですから、幸せです」と言っていたそうな。
男の人は、皆、それに近い願望があるのか、その後ゴルフを止めたという人は居ないらしい。
ゴルフ場は、危機管理が良くできていて、そうした場合の対応は、素早いという。

現役時代は、気が進まなくても、休日に付き合わねばならなかったゴルフ、仕事がらみで、あまり楽しくはなかったらしいが、今は、気の合う人たちとの、趣味のゴルフなので、嬉々として出かけていく。
それが出来るうちは、元気だと言うことなのだろう。
趣味で楽しんでいるのだから、私も無理しないわよと言い、前の晩にご飯が炊けるようにセットしておくことと、味噌汁を下ごしらえしておくくらいのことしかせず、亭主殿の出かける時間は、白河夜船である。
以前は、早朝に起きて、食卓を整え、送り出したものだったが、そんなことに付き合っていると、体が持たないので、最近は、勘弁してもらう。
幸い、車の運転の好きな仲間がいて、順番に拾っていってくれるのは有り難い。