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アンジェイ・ワイダの意志「カティンの森」

昨年から懸案の映画「カティンの森」(岩波ホール)を、今日やっと見ることが出来た。
(映画の詳細は公式サイトを参照されたし)
「カティンの森} http://katyn-movie.com/pc/

夕べから雪が降り、朝はかなり積もっていたが、2月19日で、「カティンの森」の上映期間が終わってしまうので、天候にかかわらず、見に行くことにしてあった。
出来れば昼の部で見たいが、映画に行く前に、しばらく顔を見ていない母のところに行こうと思った。
昼前に出かけ、母に会って1時間ほどしてから映画館に向かえば、2時半からの部に間に合うと思ったが、やはり行けば、そそくさと帰るわけに行かない。
母は日によって、気持ちの安定している時と、そうでない時があるが、この日は割合気分が良かったらしく、私の持っていった和菓子など食べながら、話が弾んだ。
結局3時間ほど母のところで過ごし、4時に退出した。

幸い、昼の間に雪はすっかり溶け、気温が上がったらしく、寒さは感じないので、映画は夜の部を見ることにし、そのまま、神保町の岩波ホールに向かった。
バスと電車を乗り継いで、ゆっくり行っても5時半にならない。
まず、映画館でチケットを先に買っておき、6時開場まで、時間を潰す。
母のところで、お茶を飲みながら、サンドイッチなどつまんだので、お腹もすいていない。
岩波ホール近くの古本屋を2軒ばかり覗き、俳諧関係の古書を見つけて、つい2冊ばかり買ってしまったが、6時ちょっと前、岩波ホール入り口に戻った。
すでに、会場を待つ人の列が階段に添って出来ている。
私の前に30人ほど。
すぐに開場時間になり、前から次々と入っていった。

私は前から5列目くらいの中央寄りに席を決め、コートなど置いて、ロビーに出、ペットボトルのお茶を飲んだり、母の処から持ってきたお菓子の残りを食べたりした。
館内は、8割くらいの入り。
6時半、20日から上映される映画の予告編があっただけで、余計なコマーシャルはなく、すぐに「カティンの森」になった。
ポーランドの映画監督、アンジェイ・ワイダが、長年構想を練ってきた作品。
第2次大戦下の1940年、ソ連軍の捕虜となったポーランド軍将校など1万5000人位の人たちが、カティンの森付近で虐殺された事件が、動機になっている。
ワイダ監督の父親は、カティンの森の犠牲者の一人であった。
長い間、ドイツ軍の仕業とされていたが、実は、ソ連軍の犯罪であり、ドイツによって、1943年には、犠牲者の遺体の発掘作業もされていたのに、ソ連は否定、戦後、ソ連の衛星国となったポーランドでも、事実は封印されてきた。
真相が明らかになったのは、ゴルバチョフ政権下の1989年になってからだという。

この歴史的事実を軸に、犠牲になった1万5千人のポーランド軍将校たちと、残された妻や子どもたちの苦しみを、いくつかのエピソードとして、ドキュメンタリータッチで描き、太平洋戦争後に発覚した遺体発掘現場のフィルムも随所に挿入して、硬質な映画に仕立てている。
アンジェイ・ワイダ監督の強い意志と、事件の犠牲者および家族に対する鎮魂の思いが表れた作品。
戦争による悲劇は、軍人は勿論だが、銃後の家族にも、及んでいるのである。
大変見応えがあり、約2時間をスクリーンに集中した。
最後の実写のような画面は、見ていてつらかったが、改めて、歴史の中で人類が行った罪の大きさと重さを考えた。

久々に行った岩波ホール、公式サイトに依ると、ここが開館したのは1968年だったようだが、其れが、高野悦子氏を支配人とするエキプ・ド・シネマとして、再スタートしたのが、1974年という。
内外の優れた映画を、営利を2の次にして上映する試みを始め、最初は、大変だったようだが、やがて軌道に乗り、固定ファンが出来、基本的には初期の路線を大きく逸脱することなく、いまに続いている。
採算に合わないことも多かったらしいが、館を運営する当初からの映画人と、映画を愛して止まないファンたちの熱意が、支えてきたとも言えるのだろう。
私も、一時は、エキプの会員として登録し、ここでしか見られない映画を見に、よく通ったものだった。

トイレなどが改装されたかと思うが、そう広くない内部の作りやスクリーンの感じは、前と変わらないような気がした。
一つ残念だったのは、一部の観客の態度。
映画が終わり、まだクレジットタイトルがスクロールされているのに、そわそわと立ち上がったり、ポリ袋の音など立てたりする人が、少なからず居たこと。
なぜ、最後の文字が、スクリーンから消えるまで、じっと座っていられないのだろう。
ほんの数分、急いで出る必要もないだろうに。

私は映画のエンドマークが出ても、その後のクレジットタイトルまで、全部見ることにしている。
音楽も続いているし、スクリーンが動いているうちは、映画は終わっていないと思っている。
スクロールされるクレジットタイトルには、映画の成り立ちから、映画に登場した生き物に至るまで、細かな情報が含まれている。
スタッフや役者の名前、撮影場所、使われた小道具などの情報を得ることも、楽しみなのだが、ざわざわとしたお客の無神経さで、邪魔されるのは、不愉快なことだ。
「黙ってそっと消えてよ」と言いたいくらいであった。

確かに、日本語以外の映画では、読むスピードがスクロールされる速さに追いつかないから、暗い空間の中で、忍耐もいるが、その気になって見ていると、此の映画では、誰の何という音楽が使われていたかと言うことが、読みとれたりして、捨てたものではないのだ。
今回は、英語ではないので、文字情報も、ほとんど拾えなかったが、最終場面に流れた音楽が、ペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」だという事は、コミュの音楽友達、フランツさんから教えていただいた。
フランツさんは、1月に、この映画を見て、ブログ「歌曲雑感」に記事を書いている。
「映画カティンの森を見る」
http://franzpeter.cocolog-nifty.com/taubenpost/2010/01/19-d73f.html

名前だけは、どこかで聴いた記憶のあるペンデレツキ。
youtubeには、いくつか出てきたが、ナマの演奏で、一度聴いてみたいものだと思った。

雪の女王はいるのか

この寒さ

都会の雪の
 
すぐ灰色に変わる醜さ

多分女王は居ない