FC2ブログ

ぬかみそ

わが家のあるじは、漬け物大好き。
姑は、食卓に自家製の漬け物は欠かさなかった。
私の母も、夏は糠味噌、冬は白菜漬けなど、まめにやっていた記憶があり、父が、「今日の糠漬けは、色も味もちょうど良い」などといいながら食べていたのを覚えている。
でも、私自身は、結婚するまでは、食事を作ったり、買いものに行ったりは、母の手伝いの範囲。
糠味噌漬けなど、食卓に出てきた状態しか知らなかった。

だから、夫の実家に行った時、姑が糠味噌の樽をかき回しているのを見て、はじめて、糠漬けはこうやって漬けるのだと知ったのである。
姑は、何も出来ない嫁だと、内心あきれていただろうが、逆に教え甲斐があるとも思ったらしく、私は明治生まれの夫の母に、糠味噌も、冬の白菜漬けも、1から教えてもらった。
姑は、70歳で亡くなったので、もっと沢山、色々なことを教わりたかったという思いが残っている。
糠味噌は、今でも、姑のように、美味しくは漬けられない。

夫が始めての海外勤務で南米に行った時、姑は、自分の息子が、もう、ぬか味噌漬けも食べられないのではないかと心配したらしかった。
しかし、行ってみると戦前から移民で暮らしている日系の人が沢山いて、日本人町もあり、日本のものとは、ちょっと違うが、現地産の味噌、醤油はじめ、いろいろの食材があり、漬物用の木の樽もあった。
私は小さい樽を買ってきて、間に合わせの糠味噌付けに挑戦した。
糠が手に入らなかったので、食パンをつぶし、塩とビールを混ぜ、そこに、キュウリを漬けてみた。
すると何と、日本で漬けたものとさほど変わらない、糠味噌付けの味になったではないか。
学生時代に、ある男性の「母が、糠味噌にビオフェルミンを入れたら、味が良くなった」という話が、記憶にあり、なぜそんな話題が出たのか忘れたが、合唱団の夏合宿で、自炊したことがあったから、そんな知恵を持っていた人がいたのだろう。
そのときは、ビオフェルミンは酵母だから、ビールを入れても同じだねという話になったような気がする。

ともかく、そんな記憶が思わぬ時に役立って、私は、暫く食パンの糠味噌付けを続けた。
そのうちに、糠も手に入り、日本と反対側の南米の食卓に、糠味噌漬けが並ぶこととなった。
2度目の南米生活の時は、姑が単身やってきて、半年ほど滞在した。
「ここは日本的な物が結構手に入るのね」と喜び、近くの日本人経営の食料品店に行っては、四方山話方々、豆腐などを買ってきたりした。
姑は、私たち夫婦が帰国してからは、同居することになったが、半年後に、脳溢血で亡くなった。
ボストンバッグ3つだけ持って、空港に降り立った姑は、夫の秘書の女性に「こんにちは、宜しくお願いします」と日本語で挨拶し、物怖じしない様子に、私たちの方がびっくりした。
半年間、時には悪いヨメだった私とケンカしながら、異国の生活を充分堪能して帰ったが、後から思うと、あれが人生最後の光芒だったのかも知れない。

半年間の同居生活の中で、姑は、糠味噌を美味しく漬けてくれた。
私の糠味噌は、ひと味足りないと夫が言う。
信州で、東京から持ってきた糠味噌の樽をかき回しながら、いつも思い出すのは、夫の母のことである。
東京の暑さの中で、少し床がたるんできた糠味噌に、新しく糠と塩を足し、高原野菜を入れて、丁寧にかき回しながら、母に教わったように「美味しく漬かれ、美味しく漬かれ」と言ってみた。