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棲み分け

昨夕の雨は凄かった。
雨樋から溢れた水でバケツがすぐにいっぱいになる。
あとから建て増しした分の雨樋の位置が悪かったらしく、雨水が一カ所に集中するようになっているため、最近のゲリラ的豪雨には対応できないのだ。
ペンキの塗り替えも含め、いずれは手を入れねば。
まだ10年くらい住むかもしれないので、台所の改装なども含めると、大きな事になってしまうが、全面的に変えるか、部分的最小限度の手入れにするか、考えどころである。
亭主の縁で、いい業者が見つかったので、任せてもいいのだが、工事に伴う人の出入りとか、ガラクタの始末とか考えると、気が重い。

夕べの豪雨、二人とも在宅だったし、停電はあったが、10分足らずで解消したし、マイコンの一部の時間設定をやり直すくらいで平常に戻った。
雷が結構長く続き、いったんネットを切ったり、しばらくするとまた雷が鳴り出したりで、落ち着かなかった。
昨日は、東京も今夏最高の気温だったらしく、さすがに冷房を点ける時間が長くなったが、雷雨のあと少し気温が下がった。

今日は晴れ。
家の中は涼しいので、一階は冷房がいらない。
午前中は体操に行くことになっているが、6月になってから足を痛めたり、歯の治療が長引いたりで、4回続けて欠席している。
来週で終わりだから、今日は体力テストの筈。
最初に受けたテストと、結果を照らし合わせて、体操によってどのくらい効果が出たかを見るものだが、よくなっているはずはない。
これは一定の年齢以上の人たちを対象にしたメニューだが、時期もよくなかったし、私にはあまり合わなかった。
バスに乗って出るのも、億劫で、このまま休むことにした。
熱中症や、最近の気候変化の激しさがあったりで、無理はしないようにといわれている。
最初に参加費は全額払ってあるので、許して貰おう。
来年参加するとしたら、秋の部に申し込もう。
一昨年参加した秋の音楽体操はよかった。

二階の亭主の書斎は、一階よりも2度くらい気温が高いらしい。
とても冷房なしではいられないという。
居間と食堂、台所、風呂場や洗濯場が集中している一階は、私の書斎もあるので、私は寝るときと掃除の時、洗濯物を干すときくらいしか、二階には行かない。
二階は亭主の書斎があるので、もっぱら亭主の居場所になっている。
バストイレもあるので、亭主は食事の際に降りてきて、夕食のあとに、一階のテレビで、一緒に巨人戦を見るくらいである。

家庭内別居みたいだが、どちらも自由度が高いので、ケンカもせずに済み、満足している。
ただ、この暑さ、降りてくる度に「君は涼しいところを占領してていいね」とイヤミを言うので、「じゃ、パソコンを下に移して、一階にいたらどう、タオルケットがあれば、ソファでも寝られるわよ。夏と冬で、棲み分けてもいいんじゃない」と私は言うが、実行しないところを見ると、やはり独りで居る気楽さも捨てがたいのだろう。

先日、亭主は、隣家のご主人と、前からの懸案だった「二人飲み会」をしに行った。
そちらの親世代からのお付き合いだが、10年前に親御さんが他界、長男夫妻が家を立て替えて、引っ越してきた。
私たちとほぼ同じくらいの年代、いいお付き合いをさせていただいている。
地元のホールのコンサートで、顔を合わせることもある。
たまには男同士で、話もしたいらしい。
昼ご飯を一緒にという打ち合わせで、吉祥寺に出かけていった。
最近、奥さんのほうに、眼科とか、整形外科的な支障が出てきたらしく、元気なほうの旦那さんが、家事や買い物をしている。
「奥さんに故障が多くなると、大変だね」と帰宅した亭主が言っていた。

人ごとではない。
我々だって、どちらに異変が起こるか予想できないのである。
そうなったときは、1階と2階の「別居」は、難しくなるだろう。
一階にふたりが、寝起きから、日常生活のほとんどを、一緒に過ごすことになる。
ほどほどに仲良く、助け合って、本当の老後から終末までを、迎えねばならない。
そして、夫婦は、どんなに仲良くても、死ぬときはどちらかが先に逝き、どちらかが一人残される。

そう遠くない将来、子供を当てにはせず、自分たちで考える時期が来つつある。

想定外

東日本大震災以後、日本列島には予想も付かないようなことが起きている。
むかし、地震・雷・火事・オヤジというのが、怖いものを代表するものとして言われてきたが、昨今の状況は、「オヤジ」を除き、昔は考えられなかったような規模で起こるようになった。

地震には火事がつきものだが、地震の規模が大きければ、伴うものも大きくなる。
雷の中には、台風、大雨が伴うが、これも、予想外の惨事に繫がる規模になっている。

人知の測り得ぬ所で、天空、地球の中に、変化が起こっているとしか思えないが、それに伴って、人間の上に生じる数々の悲惨な状況に、私達はどう対応したらいいのだろう。
目の前の現象には、とりあえず、可能な限りの対策を講じるしかないのだろうが、それで終わるのでなく、みんなが、腰を据えて、もう一度、考える時なのかも知れない。