FC2ブログ

ブログの書き手の1人として思うこと

ブログを書くようになって、10年ほど経つが、いくつかのブログサーバを利用させていただく中で、一番感じるのは、初期のころの「ダサイ」テンプレートに比べ、このところ高機能の物が増え、デザイン的にも優れており、選ぶのに苦労するくらいである。
大抵のブログサーバには、サーバ作成のテンプレートのほかに、ユーザー作成の物が多数ある。
サーバ毎の比較は控えるが、はっきり言って、おおむね、ユーザー作成のテンプレートのほうが、私の好みに合うことが多い。
気に入った物を、幾つか使わせていただいているが、機能の優れている物は、自分の能力では、使いこなせない物もあり、時々変えてみたりしながら、テンプレートを作れる人は、沢山の知識と、操作力があるのだなあと、まず感心する。

私の場合、ほとんど画像を伴わない(カメラを持たないので、家族や、ネットで提供している画像を使わせて貰うしかないと言うこともあり)テキストファイルが主なので、画像を沢山表示するのが主のテンプレートは、どうせ使いこなせないので敬遠、なるべく記事が読みやすく表示される物を主として使わせて貰っている。
しかし、私のブログ記事は、客観的には、取り上げるテーマも、書き方も、ひとの興味を引く物は少ないと自覚している。
それは、人に読んで貰うと言うよりも、自分の記録というか、心覚えのために利用しているので当然なのだが、20年以上も前ならば、有名人でもない私が、書いた物を他人に読んで貰いたいという場合は、自費出版でもするしかなかった。
それが、近年、ネットのお陰で、ほとんどタダで、公開範囲を制限しなければ、誰にでも読んで貰える可能性が出てきたのである。
もちろん、ごまんとあるブログの中で、多くの人にいつも読んで貰うと言うためには、それなりの内容と、人が興味を持つような魅力がないといけないだろう。
そのためには、自分も人のブログを読んで歩き、そこにコメントでも残せば、一時的には、「読者」が増えるかも知れない。
でも、私のように、紙の日記帳に書いておくのもいいが、段々置き場所が無くなってしまうし、何処に何を書いたか、段々わからなくなるので、自分の記録のためには、いつでもアクセスできて、読めるという、ネットの利便性が、むしろいいと言う人もいるのである。
簡単に利用できて、公開範囲を限定しなければ、誰の目にも触れるブログのようなコンテンツは、無名の人にも、「書く」という愉しさ、時には「読者」の存在を感じるような反応があったりという期待感を持てるようにもなったし、本のように、かさばることもないので、にわか作家気分で、せっせと利用している。
ただ、一つ困ることは、自分の書いたブログ記事が、時には、検索に掬い上げられて、自分の知らないところで、引用されたり、話題になったりする可能性があると言うことである。
無名の人間にも、自分の書いたもの(著作物)には、当然「著作権」があるわけだが、ネットに載った物は、誰でも、作者に断り無く、引用したり、何かに利用したり出来ると思っている人が、少なくないと言うことである。
また、ブログサーバの中には、ユーザーの記事は、当然のように自社の便宜などのために、記事を自由に使うことを甘受せよと唱ってあるところもあり、そのようなサーバのテンプレートは、そういう仕様になっているようでもある。

7年前、私はある旅行会社のネットサイトで、自分の書いた外国のある場所についてのブログ記事が、そこの会社の旅行の宣伝のために、無断で取り込まれるという目に遭った。
引用元をきちんと表示して、一部を載せるとか、あらかじめ、作者に断って、了解の上でと言うならわかるが、その会社は、勝手に私のブログを、丸ごとその会社の宣伝記事のヘッダに取り込んでしまい、あたかも会社の書いた記事のように表示したのだった。
勿論、厳重に抗議し、何度かの応酬があった挙げ句、その会社は、やり方のまずさを認め、他人のブログ記事を、丸ごと、旅行先の宣伝に利用すると言うことはやめたようだったが、解決までには、大変不快な思いをし、苦労した。

以来、私は、この種の事に神経質になっている。
内容の地味な私のブログ記事は、当然アクセスも少ないのだが、時々、急にアクセスが増えることがある。
個人閲覧者でなく、大学や企業からのアクセスである場合は、その記事の内容が、たとえば、レポートの課題に関係してネット検索で引っかかり、学生の論文にでも引用されたり、参照されたりしているのだろうとも想像するが、どこにどんな形で取り込まれ、使われたりしてるのだろうと、気にならないでもない。
私は、世のため、人のためにを目的に、書いているわけではないからである。
勿論結果的に、誰かの役に立つことがあるとすれば、その記事を書いた作者として喜ぶべき事であるが、自分の記事に、客観的事実の間違いがあったとしても、勝手に引用されていては、正すことも出来ないし、其れが原因で何かあっても、責任の持ちようがない。
どんなつまらないような記事であっても、自分の書いた物は自分の物であり、愛着もある。
私自身も、何か書く時に、わからないことがあると、手軽なネット検索(たとえばウィキペディアなど)を利用するのだが、そこに書かれたことをそのまま、自分の文章の中に紛れ込ませることはしないようにしている。
部分的に引用する場合は、元のURLを書いた上で、その部分を囲み、自分の書いた物と区別している。
また、参照させていただいた記事内容に、年月日や、人名などの客観的事実が含まれている場合は、一応別の方法で、自分でも調べてみる事にしている。
逆の立場になることもあるからだ。
ネットのブログ始め、書く場所は、無名の人間にも開かれているわけだが、一見して誰が書いたかわかるような有名人の記事に対すると同じく、いや、むしろ、同じ立場の無名の書き手同士が、互いに相手に敬意を払い、気持ちよく、ネットを利用できたらいいなと思う。